「エキプ・ド・シネマ」の高野悦子さんを悼む

 岩波ホールを拠点に、世界の埋もれた名画を発掘・紹介する運動「エキプ・ド・シネマ」で偉大な功績のあった映画人、高野悦子さんが2/9(土)に逝去されたとのこと。かつては岩波ホールで少なくない映画を鑑賞し、感動を与えられてきた者として、ご冥福を祈りたい。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130214/k10015514791000.html
 http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20130215/enn1302151212008-n1.htm
 インドのサタジット・レイ監督の映画『「大地のうた3部作」大地のうた・大河のうた・大樹のうた』は一日がかりの鑑賞で、疲れと感動で茫然として帰路についたように思う。セネガルウスマン・センベーヌ監督作品『チェド』も印象的であった。グルジアのテンギズ・アブラーゼ監督作品『希望の樹』の美しいヒロイン、マリタ(リカ・カウジャラーゼ)の残酷で哀しい運命に涙したことも忘れられない。
 あまりにもバルザックの原作に思い入れがあってけっきょく岩波ホールでは見逃してしまった、ジャック・リヴェット監督の『ランジェ公爵夫人』は後日テレビ放映(NHKBSプレミアム)で鑑賞することとなった。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20120203/1328258715(『ランジェ公爵夫人』映画鑑賞) 






 ウスマン・センベーヌ(センベーヌ・ウスマン:セネガルの姓名は日本と同じ順序、センベーヌが姓)監督は、2007年6/9に亡くなっている。その折HPに記載した記事を再録しておきたい。
……2002年日韓共同開催サッカーWCの初戦でフランスを破った西アフリカのセネガルについて、金星との感想は当然として、セネガルという国の文化に関して無知であってはなるまい。こちらは地理に弱いので、その地図上の正確な位置については怪しいものである。しかし、偉大な文学者であり、映画監督であるセンベーヌ・ウスマンの名は、かつて観た二つの映画でよく記憶している。『エミタイ(雷神)』と『チェド』だ。『エミタイ』は第2次世界大戦中実際に起きた事件を扱っている。セネガル雷神信仰の村へフランス軍が食料の米の徴収にやって来て、抵抗してそれを拒んだ男と女たちのそれぞれの群集を虐殺してしまう話である。虐殺の凄惨な場面は出さず、最後に一斉射撃の音だけが聞こえて映画は終わってしまった。
『チェド』は17世紀に、一部族全体をイスラム教徒に改宗させようとするイスラム勢力と、部族の宗教的伝統を死守しようとする王女をはじめとする人々との戦いの物語。王女がたしか川で水浴びをする最後のほうの場面は、主演女優(タバラ・ンディアイユ)のその褐色の裸体の官能性に息を呑んだことを覚えている。
 セネガルにセンベーヌ・ウスマンありとすれば、ブラジル映画史には、グラウベル・ロ−シャ(Glauber Rocha)が存在する。60年代に出現したこの映画監督を、かのゴダールは、当時「もっとも新しい映画監督の一人」と絶賛したといわれる。81年8月に急死しているローシャの作品を一度だけ観たことがある。『黒い神と白い悪魔』という、モノクロの作品である。1966年度サンフランシスコ映画祭大賞を受賞している。そのあと作られた『アントニオ・ダス・モルテス』というカラーの作品と一緒に企画上映されたとき観たと記憶している。『アントニオ・ダス・モルテス』は、1969年度カンヌ映画祭監督賞を受賞している。
 『アントニオ・ダス・モルテス』の物語は、ブラジル北東部のある小さな町で起こった出来事。若い聖女のもとに集う村人たちを、なかにガンガセイロと呼ばれる義賊的山賊の服装をしたものもいて、その熱狂を怖れ、大地主は殺し屋一味に頼んで殲滅してしまう。はじめは、大地主の妻と密通していた旧知の警察署長の依頼で、ガンガセイロと戦ったアントニオ・ダス・モルテスは、真の敵が誰かを悟り、この殺し屋一味を退治し、聖女とともに、長槍で、この大地主を突き刺す。平岡正明氏は、「この構図は『座頭市牢破り』そっくりだ」と述べている。
 『黒い神と白い悪魔』の物語は、貧しい羊飼いのマヌエロが牛を運んだ報酬の支払いを拒否した大佐を殺し、山の彼方に緑の大地が存在すると説き信徒を集める、黒人神父の下で政府軍と戦うことになるてん末である。この神父の一団を倒すために、牧師や地主らから雇われたアントニオ・ダス・モルテスが、自分の赤ん坊を儀式の生け贄に殺されて、激昂したマヌエロの妻の手ですでに刺し殺されて、神父のいなくなった教団の信者を皆殺しにしてしまう。マヌエルは今度は、コリスコ大尉の率いるガンガセイロに加わり、民家の略奪を行なう。アントニオ・ダス・モルテスは、対決の場で、降伏しなかったこのコリスコを射殺する。マヌエロはひた走りに走って逃げる。
 ブラジルの発見は1500年。独立は1822年、奴隷解放1888年、ブラジル共和国の建設は1889年だそうである。ポスト・コロニアルの文学・映画を考えるうえで、ローシャの仕事も逸することはできないのだろう。
 岩波エキプ・ド・シネマの映画では、サダジット・レイ監督の『大地のうた3部作』が最も感動させられた作品だ。一日でこの3作品を観た鑑賞の体験は忘れがたい。……(2007年6月記)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の 、モミジバゼラニウム 。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆