蜷川幸雄演出『トロイラスとクレシダ』観劇


 8/29(水)は、彩の国さいたま芸術劇場大ホールのシェイクスピアシリーズ公演、蜷川幸雄演出『トロイラスとクレシダ(Troilus&Cressida)』を観劇した。シェイクスピアのこの作品は、未読で舞台を観るのも初めて。シェイクスピア当時のオールメールの上演形式で、期待と不安半ばで劇場に赴いた。
 武蔵野線武蔵浦和駅で降り、構内の回転寿し「うず潮」で5皿ほどつまんでから、埼京線与野本町駅へ。そこから歩いて、劇場へ。山本裕典(ゆうすけ)=トロイラス、細貝圭=アイアス、それにモデル冨永愛に殴られたとか話題の塩谷瞬(しゅん)=ディオメデスなど、当代の〈イケメン系〉俳優らが出演するということでか、圧倒的に女性客が多い。おかげでトイレは、悠々と利用できたが、さほどの特典ともいえまい。
 舞台はプロローグ付の全5幕中時おり片付けられるが、ひまわりが一面に咲き乱れている、といった、蜷川演出すでにお馴染みの仕掛け。ひまわりの花は太陽に向かって美しく生命を充溢させている、それに対して人間どもは愚かにも、欲望の奔流と暴走で血を流し、運命に翻弄されるまま。しかし、それもまた人間であることの花の咲かせ方で、何かに向かって美しく咲き乱れているのだろうか。ひまわりは、いっぽうで舞台装置としても機能し、剣を交えるトロイとギリシアの戦士が迷い込む戦場を設える。星智也=アキレウスが、下腹部をひまわりの花で隠して全裸で登場したりした。女性客らが息を呑んだ。巧みなものだ。
 劇の展開そのものは、さすがに面白かったが、台詞が多いトロイラス役の山本裕典をはじめ、トチリはともかく日本語の音声が明瞭ではないところがあり、興を削ぐ。英国での公演なら別であるが、国内においては、日本語の発声訓練をしっかりしてほしいものである。
 
 トロイラスと激しく恋し合うクレシダ役の月川悠貴には魅せられた。交換の人質としてトロイからギリシア側に引き渡され、裏切り者の父カラカスのテントで寝起きするクレシダのところに、恋するディオメデスが会いにくる。その光景をトロイラスは、ユリシーズの導きで物陰から盗み見る。クレシダは、ディオメデスに惹かれたのか? 昨日丸善津田沼店へ、白水社版『シェイクスピア全集』を探しに行ったのだが、あいにく『トロイラスとクレシダ』はなし。ネットの原文を載せよう。(この場面は、ACTⅤのSCENEⅡであるが、この舞台では、第4幕。)
DIOMEDES
 What, shall I come? the hour?
CRESSIDA
 Ay, come:--O Jove!--do come:--I shall be plagued.
DIOMEDES
 Farewell till then.
CRESSIDA
 Good night: I prithee, come.
 Exit DIOMEDES

 Troilus, farewell! one eye yet looks on thee
 But with my heart the other eye doth see.
 Ah, poor our sex! this fault in us I find,
 The error of our eye directs our mind:
 What error leads must err; O, then conclude
 Minds sway'd by eyes are full of turpitude.

 http://shakespeare.mit.edu/troilus_cressida/full.html(「Troilus&Cressida」)
 ディオメデスが去った後のクレシダの独白について、佐伯順子同志社大学院教授は、同公演パンフレットで述べている。
……「ああ、女って哀しい!この落ち度は女の性」と言わされてしまうクレシダや、「弱き者よ、汝の名は女なり」というハムレットの有名な台詞にもみるように、女性嫌悪のモチーフはシェイクスピア作品にも一貫して認められるものなのだ。……
 なるほど。それはそれとして、「Ah, poor our sex! this fault in us I find,」(台本翻訳は、松岡和子)の台詞を言う月川悠貴=クレシダは、品があり切なさを漂わせ、不覚にも涙が出そうになるほど感動した。
 ディオメデス役の塩谷瞬は、現実でも舞台でも二股愛がお似合いなのだろう。楽しそうに演じているようだった。
 座席は、1F・K列30番、通路側端の席で大満足。
 帰宅後倒錯の余韻を味わいつつ、飛騨牛を焼いて生ビールを呑んだ。
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20111106/1320588690(「つっぱり老人蜷川幸雄」)
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の、モミジアオイ(紅葉葵)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆