『焼肉ドラゴン』観劇



 2/17(木)東京新国立劇場小劇場マチネー公演、『焼肉ドラゴン』を観劇。日韓合同公演である。作・演出は、鄭義信=チョン・ウィシン。この作家の作品を劇場で観るのは初めてである。歴史認識を題材にする舞台作品づくりを、みずから「隙間産業」としている。『美しきものの伝説』の宮本研などの系譜にある作家であるとの、公演パンフレットの大堀久美子さんの捉え方には納得する。
 関西地方都市の、たえず爆音轟く空港そばの、朝鮮人集落にある焼肉ホルモン屋が舞台で、1969(昭和44)年〜1971(昭和46)年の間の物語。その間に「EXPO'70」が開催され、それ以前には、「在日韓国人の日韓法的地位協定」の合意が成立、「金嬉老事件」が起こっていた。ホルモン屋の店主は、太平洋戦争で左腕を失った金騮吉=キム・ヨンギル(シン・チョルジュン)、その妻は後妻で高英順=コ・ヨンスン(コ・スヒ)、ともに、軍&警察による虐殺「済州島四・三事件」で、故郷の村を失い、関西のコリアン地区に逃れてきたのであった。先妻との子、長女静花(粟田麗=うらら)と、次女梨花占部房子)、現妻との子三女の美花(朱仁英=チュ・インヨン)と時生(若松力)、それに梨花の夫の哲男(千葉哲也)の家族に、常連客や美花の愛人や飛び込みの男女が関わり、最後は、市の強制立ち退き執行で店は壊され、北朝鮮、韓国、ほかの町へとそれぞれがバラバラに別れていくところで終わる。
 右脚を有刺鉄線かなにかで傷つけている静花は、哲男の愛をついには受け入れ、梨花は新しい愛を見つけ、美花は、やっと離婚できた愛人と結ばれる。時生少年だけは、せっかく入学できた進学校の中学校でいじめられ、少年のアジールであった建物の高い屋根から飛び降りて死んでいた。舞台は、この時生少年の怨霊の回想という形で進行したのであった。しかしこの亡霊は、ハムレットの父のように復讐を煽ったのではない。かつては嫌悪の対象であった家族のことを、懐かしく思い起しつつ語ったのである。在日韓国人一家の歴史に沈潜した深い哀しみと、対象を失った憤りを、笑いのオブラートに包みながら提示している。感動した。
 公演パンフレットで、内田洋一氏が書いている。
「店を切り盛りする足の悪い長女静花は、鄭義信のドラマにくりかえし現れるパラックの精のような存在である。演劇ファンならばテネシー・ウィリアムズの名作『ガラスの動物園』のローラを思い起すかもしれない。その転生でもあろうか。理不尽な運命のしるしを原罪のように負ってしまったその魂を救済すること。それが鄭義信という作家にとっての演劇なのだと思うことがある。」
 この脚の傷は、オイディプス王が赤ん坊のときに負ってしまった傷に連なるものであろう。ホルモン屋の崩壊は、「桜の園」の伐採を思わせる。この舞台には、過去の名作舞台の声がpolyphonyとなって聞こえるのである。
 先日のサッカーアジア大会勝戦で、オーストラリアのゴールネットにボレーシュートを突き刺した、日本代表ストライカーの李忠成は、はたして時生少年の転生なのであろうか?

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家の寒椿(山茶花の一種)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆