思い出のアクロコリントス

 ギリシアギリシャ)の財政危機が、ユーロを揺さぶっている。この経済のグローバル化のなか、対岸の火事と決め込むわけにもいかないだろう.
 若きころギリシアを旅したことを思い出すが、アテネの街とともに、古代コリントス遺跡の印象も深く刻印されている.『ギリシア悲劇の人間理解』(新地書房)、『「オイディープス王」を読む』(講談社学術文庫)、『アポロンの光と闇』(三陸書房)などその著書を愛読している、川島重成国際基督教大学名誉教授の『ギリシア旅行案内』(岩波書店)にある通り、
「運河を渡ってペロポネソス半島に入ると、美しいオレンジ畑が広がる.右手(北側)に現代のコリントスの市街、その向うにコリントス湾が見える.左手前方にアクロコリントスが迫ってくる.その手前北側の裾野に古代コリントスの町がアメリカ人考古学者たちの手によって発掘されている.現代のコリントスの町から、南西の方向に七キロほどの距離である.」
 頂上に、中世ビザンチン時代の征服者ら建造の城砦を戴いた石灰岩の山アクロコリントスは、海抜575メートルの高さだそうだ.石柱が残るアポロン神殿の背後に聳え立ち、その威容に驚き感嘆したものだ.
 岩を山上まで持ち上げたとたん下に転がり落ちてしまい、また下から運び転がり落ち、未来永劫くり返す罰を受けるシジフォス(シーシュポス)の神話は、川島氏によれば、「アクロコリントスのイメージが反映していると思われる」とのことだ。シジフォスはコリントスの創建者とされているのだ。『ギリシアローマ神話辞典』(岩波書店)の「シーシュポス」の項では、「人間のなかでもっとも狡猾な人」と説明されている.
 ところでこのシジフォスの神話を、武士道の道徳的理想をまさに体現したものとして論じたのが、パリ在住の九鬼周造であった。罰ではなく、「彼の善意、常に新たに始める、常に岩を転がすという確固とした意志は、このまさにくり返しの中に、道徳大系のすべてと、その結果の幸福を見出すのである」とし、その20年後に、アルベール・カミュが、「高みに向かって進む努力それ自体が、人の心を満たすのに十分である」と書いた.クリストファー・ベンフィー(Chrisotpher Benfey)の『THE GREAT WAVE』(大槻悦子訳・小学館)では、ある経路でたしかに影響関係があったろうと推測している.
 
⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のオダマキ。小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆