ジョン・ケアード演出『ハムレット』観劇




 昨日4/12(水)は、池袋の東京芸術劇場プレイハウスにて、ジョン・ケアード(John Caird)演出の『ハムレット』を観て来た。ハムレット役に内野聖陽、オフィーリア役に貫地谷しほりNHK大河ドラマ風林火山』の山本勘助&ミツのコンビではないか、これは観るしかない。(なお、國村隼貫地谷しほりは、TBS連続ドラマ『あんどーなつ』の和菓子づくりの師弟コンビだ。)キャスティングは、シェイクスピア演劇の総本山RSCの名誉アソシエート・ディレクターとして、シェイクスピア劇演出の実績を残して来たとのジョン・ケアードがオーディションでみずから選抜したとのこと、二人以外の顔ぶれも観れば納得。しかも俳優らが複数の役を演じて、14名の出演者でこの劇を成立させている。とくに目新しい演出ともいえないが、今回、その演じる役のそれぞれの二重性に注目したい。正義の鉄槌をどう下すべきか逡巡・苦悩するハムレットと、反逆の行動を直ちに決断するフォーティンブラス(最後の場面のみ登場)とを内野聖陽が演じる。クローディアスと彼が毒殺した兄の先王(幽霊)とを國村隼が演じる。ひとりの人間の中に存在する二面性を象徴している分身たちである。緊迫感があってよい。オフィーリアとオズリックとを貫地谷しほりが演じているが、可憐さ際立つオフィーリアは当たり役として、このオズリック役が面白い。例の墓掘りとの出会いの場の後、第5幕(Act5)の城の大広間の場でハムレットとホレイショー(北村有起哉)のいるところに、王クローディアスの命をもって、レアティーズ(加藤和樹)との剣の勝負の提案を伝えるために現われるのが、オズリック。たいてい観客の失笑を買う俗物として示される。原作でも帽子を被ってちょこまか走る「this water-fly」と、ハムレットが嘲っている。「water-fly」は、「うぬぼれているか、ただ忙しそうにみせて怠け者(vain or busily idle person)」あるいは「うわべだけのとるに足らない人物(superficial trivial person)」の意味らしい。貫地谷しほりのオズビックは、そういう印象よりも、オフィーリアの高貴さと可憐さを思い起こさせる役割をもった登場人物といった趣を感じた。倒れたレアティーズがオズビックの膝元に横たわり、オズビックが彼をいたわる場面でその印象が強まったのであった。
 http://james.3zoku.com/shakespeare/hamlet/hamlet5.2.2.html(「対訳『ハムレット』Act5・Scene2」)
 ホレイショー役だけが他の役を演じなかったのは、ホレイショーは、この悲劇の物語の語り部であるからとうぜんである。公演プログラムで、ジョン・ケアードは、『ハムレット』は、「存在」についての根源的な芝居であると述べている。たんに人間心理の機微と深淵を掬いとろうとしたのではなく、「あるかあらぬか」の存在への根源的問いかけを試みているとしている。登場人物の台詞は、みずからへの問いかけであり、「聴く人」としての「audience」への問いかけでもある。こちらは難聴で、けっこう前の方の席にも拘わらず、少なからぬ台詞が聴き取れず無念であった。藤原道山の尺八の音は、無常の響きを奏で効果的であった。
ハムレット』で個人的に最も好きな場面は、最後に軍を率いてフォーティンブラスが登場して、己の思わぬ戴冠の歓びを正直に告白しつつ、デンマーク王子ハムレットに対する武人にふさわしい弔いを約束し、弔砲を鳴らすよう声高く宣告するところである。ここが感動できる『ハムレット』はよい舞台であったと思えるのである。早変わりした内野聖陽のフォーティンブラスが「弔砲を鳴らせ」と命じたとき、不覚にも涙が出そうになったのであった。

 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20110519/1305816747(「紫蘭の花:2011年5/19 」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20161223/1482471354(「わが『ハムレット』観劇歴:2016年12/23 」)

内野聖陽の舞台】
2001年12/5〜2002年1/15 t .p.t公演、森下町ベニサンピットにて、アルトゥール・シュニッツラー(Arthur Schnitzler)の原作を脚色した、デヴィッド・ヘアー(David Hare)の『ブルールーム(The Blue Room)』の舞台は、エロティックですてきであった。デヴィッド・ルヴォー(David Leveaux)演出、秋山菜津子との共演で、二人がそれぞれ5人の男女を演じ、その出会いと挫折が連鎖する物語。



貫地谷しほりの舞台】
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20120603/1338713582(「貫地谷しほり宮沢賢治作品を朗読:2012年6/3 」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20121016/1350372372(「ユーミン貫地谷しほり:2012年10/16 」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20130115/1358253173(「伊藤正次と貫地谷しほり:2013年1/15 」)
 http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20160921/1474426218(「貫地谷しほり主演『ガラスの仮面』観劇:2016年9/21 」)