座・高円寺で『葉子』観劇



 昨日3/5(土)は、東京高円寺の座・高円寺にて、1952(昭和27)年、21歳の若さで阪急六甲駅で急行列車に飛び込み自殺した、作家久坂葉子をモデルにした舞台、金塚悦子作、川口啓史演出の『葉子』を観てきた。64年後の東京の私鉄駅で、飛び込み自殺事故が起きるところから始まる。ここに出てくる駅員役の若い俳優の演技は、某作家ブログで批評している如く「学芸会レベル」のもので、ほんとうにその後の展開に不安を感じた。久坂葉子を研究している大学院生S子(松本紀保)と、大晦日の日に彼女を泊めてあげる祖母の85歳の老婆(岩崎加根子)が登場、この二人がけっきょくいわば前シテの夢幻能風の仕立ての舞台。老婆は一方で、お節料理を用意しつつ64年前の悲劇を思い出して語るアイの役も務める。「ドミノのお告げ」⦅『久坂葉子作品集・幾度目かの最期』(講談社文芸文庫)では、最初の「落ちてゆく世界」の題名。⦆が、最年少の芥川賞候補となり、大いなる期待の重圧の中で、小説が書けない焦燥と絶望から、ついに、六甲駅で自殺してしまう成り行きを、ヒロイン役の松本紀保が熱演。
……候補になったことは、確かに私に何かの刺激を与えた。でも、作品社の稿料がはいらなかったので、わが家では、偉そうな顔は出来なかった。家族から反対された出発であったから、猶更、私は口惜しかった。家族に対してのみ、どうだい、と云う顔がしたかったのである。だが私は、売れる見込みも注文もないのに、実によく書きまくった。……(「久坂葉子の誕生と死亡」)
 http://www.aozora.gr.jp/cards/001052/files/13203_18641.html(「青空文庫久坂葉子の誕生と死亡」)
 VIKINGの先輩同人島尾敏雄宅での発作的狂乱の場面、アルバイト的に関わっていた「ラジオに関係のある人」との媾曳(あいびき)の場面など、久坂葉子の(昔のズロースを穿いた)肉体性を現出させて、それなりに〈興奮〉させてもくれるが、作品構成上通しては訴えるところに乏しかった印象である。いわば後シテの、葉子が幽霊として生きながらえた老婆と、即死してなった幽霊の葉子が、共に消え去って終幕。もし夭折していなくても、あのまま小説が書けなかった久坂葉子は、ただの最年少芥川賞候補としてその世界での「葉子フィーバー」に乗せられただけの少女に過ぎなかったのだ、という苦い悔恨と批評の声を残して、二つの幽魂は去ってしまった。
 終演して帰路、南口の洋菓子店TORIANON(トリアノン)で、デラックスショートケーキを購入した。ここの安西由紀雄社長とは、昔共通の友人Sさんの結婚式の2次会で共に呑んだことがある。
 http://trianon.co.jp/food/(「TORIANON」)

幾度目かの最期 (講談社文芸文庫)

幾度目かの最期 (講談社文芸文庫)