カール・マンハイム命日

 ハンガリーユダヤ社会学カール・マンハイム(Karl Mannheim)が亡くなったのは、1947年1/9なので、本日が命日にあたる。個人的には、思想史上評価の高い『イデオロギーユートピア』よりも、昔『変革期における人間と社会』(みすず書房・福武直訳:原書1940年刊、日本初版1953年)のほうを精読している。
カール・マンハイム・わが蔵書)
 書庫から取り出して、赤い傍線が施された文章のいくつかを記して若きころの知的軌跡を思い起こしたい。
……危機と革命との狂暴な衝撃は、従来表面に現われないで潜在的に作用していた傾向、すなわち合理的な判断能力に機能的合理化が及ぼした麻痺的な影響を暴露したのである。……(同書p.69)
……素人も、社会的世界を知的に観察する場合には、主として、かかる媒介原理を無意識的に使用して諸事件を理解する。しかしながら、素人の思惟の特徴は、社会構造そのものの一般原理と一定の時に特殊の社会秩序において存在するに至るような具體的形式とを常に混同する傾向を有する、ということである。その静態的な時期には、どんな場合にも、彼は一般的抽象的社会法則と或る時代にかぎり行われる特殊原理とを區別することができない。それは、變化が微細に止まる時期には、これら二つの型の間の相違が観察者に明瞭にならないからである。かかる時には、眞に恒常的なものと、一時代のみに特有な原理とが、同程度の固定性を有するものである。……(同書p.215)
 ※媒介原理:特定の時に特定の場所において働いている種々なる要因から統合されるに至るような具體的背景における普遍的な力。
……革命とは、それが如何に過激であろうとも、低い生活水準へ逆轉するようなことがあってはならないとすれば、生産機構を破壊すべきではない。それと全く同様に、もしも文化的破壊を避けようと欲するならば、蓄積された文化的遺産の負荷者たちを放逐することはできない。……(同書p.275)
……人民投票は、今やその本来的機能を失っている。それは、もはや具體的集團に生活している諸個人に訴えるものでもなければ、また彼らの注意を具體的な諸問題に引きつけるものでもなくして、不確定な情緒的大衆の成員に話しかけているのである。民主主義の目的は、大衆の情緒を弄ぶことではなく、一般民衆感情の動揺する諸反應を阻止してその國民の合理的にして思慮深い世論を挫折させないようにするにあるのである。……(同書p.434)
 http://www.hkg.ac.jp/~sawada/kougi/16/16.htm(「カール・マンハイム知識社会学」)