「売文社」創設百周年

 先駆的社会主義思想家の堺利彦が、文筆代理および外国語翻訳業の会社「売文社」を創業(1910年=明治43年12月)してから今年で百年になる.「大逆事件」百周年の年でもあるが.明治政府にる社会主義者無政府主義者大弾圧のこの事件のあと、運動家にとっての「冬の時代」がつづいた.この時代と重なって活動したのが「売文社」だ。いま読んでいる、この10月発刊の黒岩比佐子著『パンとペン』(講談社)では、「言論の弾圧を耐え忍ぶ社会主義者たちの数少ない拠点であり、生計を立てるための組織であり、同志たちの貴重な交流の場であり、若者たちの教育の場でもあった」としている。
 同書の裏表紙にある「売文社」の広告デザインでは、「ペンとパンのぶっちがえ」の図柄になっているが、「売文社のペンはパンを求むるのペンである。僕等個々人のペンは僕等の思ひを書現はすペンである。つまり僕等は二種のペンを持って居るのである。それでペンとパンとの関係が極はめて明瞭になって居るのである」と堺利彦は述べている.(ちなみにこの図柄は、堺利彦が通学した神田共立(きょうりゅう)学校(現開成学園)のペンと剣交叉の徽章を基にしたもののようである。)
 さてこの「冬の時代」を描いた戯曲作品が、木下順二の『冬の時代』で、「売文社」と島村抱月松井須磨子の「芸術座」の活動に焦点を合わせた作品が、宮本研の『美しきものの伝説』である。文学座初演のこの舞台(木村光一演出)は名演であった。私見では、三島由紀夫作『サド侯爵夫人』と、この『美しきものの伝説』が戦後最高の戯曲作品であろう。この12月に蜷川幸雄演出で『美しきものの伝説』が上演されるという.さっそくチケット予約をした.幕が上がるのを鶴首して待ちたい.
   http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2010/p1216.html
 もはや思想としての社会主義に有効性は期待できないとしても、その志と理想に生きた青春の真実と熱情は顧みるに十分な価値と意味があるだろう.時代閉塞の状況のなかでどう理想を求めて生きるのか、現代における問いかけを蜷川演出に探りたいものである.
【追記】本日の夕刊で、蜷川幸雄氏の「文化勲章」受賞の決定を知った.お慶び申し上げたい.そういえば、蜷川氏開成学園の出身で、遠く堺利彦に連なっている。縁を思い、いよいよ舞台が愉しみである.

パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い

パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い

⦅写真(解像度20%)は、東京台東区下町民家のピラカンサス(黄色:Pyracantha anqustifolia)。小川匡夫氏(全日写連)撮影.⦆